<「奇皇后」 あらすじ 補足 ワン・ユが闘う突厥(テュルク)とは?>

「奇皇后」6話以降、西の辺境地なる場所が登場します。将軍ペガンと甥タルタルが突厥(テュルク/とっけつ)の残党の討伐を命じられ、その戦闘地である西の辺境に高麗王ワン・ユも後から連れて行かれたからです。

彼らが闘う突厥とは、6世紀ごろにモンゴル高原で活躍した遊牧民族で、わかりやすく言うならトルコ系の人々のことです。ちょっとおもしろいなと思ったのが、突厥族の始祖についての言い伝えでえす。諸説あるようですが、狼から生まれたと伝えられているらしく、チンギス・ハンも狼がらみで語られていますから、遊牧民にとって狼は特別な存在だったのだと知りました。

そんな突厥族はすぐれた製鉄技術を持っていたのを強みに発展しました。一大帝国を築くも、その繁栄は長く続かず、東西に分裂。後に東突厥が復興しますが、ウイグルによって滅ぼされました。そしてウイグル帝国が崩壊すると、突厥の人々は西方へと移動。おもに甘州(甘粛)や天山地方を支配するようになります。東方では突厥系の沙陀族が五代王朝の後唐・後晋・後漢などを開いた後、契丹系の遼にとってかわられます。また、イラン系のサーマーン王朝でも権力の中心を突厥系の人が握るようになっていたそうです。

このようにいろいろな民族が入り組んでいたユーラシア大陸。やがてチンギス・ハンの登場により、モンゴル族に征服されます。中でもいち早くモンゴルと一体化したのは、西側に移動していた突厥系の天山ウイグルでした。その他の地域にあった突厥系勢力も最後にはモンゴルに支配されることになります。

さて、「奇皇后」の6話で「西の辺境」と訳されている場所はどこなのだろうと思い、もう一度DVDを見たのですが、具体的な地名をしゃべっているように思えません(私が理解できていないだけの可能性もあります)。そこで英語字幕の動画を確認したところ、northwestのborderとありました。英語字幕のほうが直訳しているとするならば、「北西の国境」が正しいのかもしれませんね。

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2015年5月10日 | 奇皇后雑談
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